2009年10月8日
西郷と大久保 幕末から明治維新の時代、日本の屋台骨を支えた二人の人物がいた。
薩摩の西郷隆盛・大久保利通である。
衰退していく幕府を倒し、日本の植民地化をもくろむ欧米列強に対抗し日本
を救った英雄である。
しかし、年号が明治に変わって10年、親友である西郷と大久保は敵対する立場になり西郷は戦
、翌年大久保も暴漢に
害される。
明治新政府の課題の一つは「廃藩置県・四民平等における士族階級の廃止
」だった。
それに対し、帯刀・禄の支給という特権を奪われた士族
は新政府に不満を抱き、各地で反乱を起こす
西郷は士族を追いやった責任を感じ、「私学校」
を創設し精神的、経済的な希望を与えようとしたが、士族
の暴動と政府の策略に追い詰められ、大久保のいる新政府軍と「西南戦争」で闘う
ことになる。
そして西郷の死と言う形で日本最後の内戦が終結した。
中央が西郷吉之助
富国強兵を掲げる新政府は、徴兵制による軍隊を組織するために旧士族の撲滅を画策した。
各地で旧士族の反乱を制し、最後の砦、西郷軍を撃滅し、旧士族の息の根を止めた
一説によるとこれは西郷と大久保の大狂言だったという。
西郷は自ら士族の先頭に立ち、士族の必要性がないことを証明し、ここに四民平等の法制化が一気に進むことになる。
日本の将来のために心血を注ぎ、命を賭けた薩摩の二人の英雄
歴史の舞台の上で、二人の生き様を見据えていた桜島は今日も煙を吐き続けている